災害現場における損壊建物の専門的危険度評価と非専門家への安全指示
災害発生直後の現場では、倒壊・損壊した建物が活動を行うボランティアにとって最大の危険因子の一つとなります。特に、建築分野で専門的な経験をお持ちのボランティアの皆様には、これらの危険箇所を適切に評価し、非専門家を含む他の活動者に安全な行動を促す重要な役割が期待されています。本稿では、災害現場における損壊建物の専門的な危険度評価のポイントと、その結果を非専門家へ効果的に伝達し、安全を確保するための方法論について掘り下げて解説いたします。
災害現場における損壊建物の専門的評価の視点
損壊建物の危険度評価は、単に見た目の被害状況だけでなく、建築構造の特性、損壊のメカニズム、周辺地盤との関係性など、多角的な視点から行う必要があります。建築分野の専門家であれば、以下のような点を特に注意深く観察し、総合的な危険性を判断することが可能です。
- 構造形式と損壊の関係: 鉄骨造、RC造、木造など、構造形式によって倒壊や崩壊の様相は異なります。どの構造部材(柱、梁、壁、接合部)が損傷しているか、それが構造全体の安定性にどう影響するかを専門的な知見から判断します。例えば、木造軸組工法であれば筋かいや耐力壁の脱落・損傷、RC造であれば柱のせん断破壊や梁の曲げ破壊、鉄骨造であればブレースの破断や座屈などに着目します。
- 被害の程度と広がり: 一部分の損傷か、構造全体に及ぶ損傷かを見極めます。特定の階層のみの圧壊(パンケーキクラッシュ)や、建物全体の傾斜・沈下は特に高い危険性を示唆します。
- 応力集中が想定される箇所: 開口部周り、構造形式の変化点、増改築部分など、地震時や風圧時に応力が集中しやすい箇所がどのように損傷しているかを確認します。
- 二次部材の被害: 外壁の剥落、屋根瓦の落下、窓ガラスの破損などは、直接的な倒壊リスクは低くても、落下物による危険性が高い箇所として認識します。看板やアンテナなど、高所にある付帯物の被害も同様です。
- 地盤の状況: 建物の沈下、傾斜が周辺の地盤沈下や液状化によるものか、それとも基礎構造や上部構造の破壊によるものかを見分けます。地盤に亀裂や段差が生じている場合は、建物の追加的な沈下や周辺の二次災害(側方流動など)のリスクも考慮します。
- 周囲の建物や環境との関係: 隣接する建物が倒壊寸前の場合、連鎖的な被害や倒壊方向を予測します。電柱や電線の状況、道路の損壊状況なども、接近経路や避難経路の安全性を判断する上で重要です。
これらの専門的な評価に基づき、「立ち入り禁止(全面危険)」「注意喚起(一部危険、接近可だが内部立ち入りは原則禁止)」「限定的な立ち入り可(危険箇所を明確に限定)」など、具体的な危険度レベルを設定します。
非専門家ボランティアへの効果的な安全指示とコミュニケーション
専門的な評価の結果を、建築知識を持たない非専門家ボランティアに正確かつ確実に伝えることは、現場の安全確保において極めて重要です。以下の点を意識して情報伝達を行います。
- 明確で具体的な指示:
- 抽象的な「危ないです」ではなく、「あの角の柱が折れているため、この建物から5メートル以内に近づかないでください」「この床は抜ける危険があるため、絶対に踏み込まないでください」のように、危険の理由と具体的な取るべき行動(立ち入り禁止範囲、触れてはいけない箇所など)を明確に伝えます。
- 専門用語は避け、「柱」「梁」「壁」といった基本的な単語や、「傾いている」「ひび割れている」「落ちかかっている」など、誰もが理解できる言葉を選びます。
- 視覚的な情報の活用:
- 危険箇所を示すロープやテープ(トラロープなど)を張る、スプレーやチョークで「危険」「立入禁止」とマーキングするなど、視覚的に危険範囲を明示します。
- 必要に応じて、危険箇所を写した写真や簡単な図を用いて説明します。
- 理由の簡潔な説明:
- なぜその場所が危険なのか、その理由を簡潔に伝えます。「この壁は上から落ちてくる可能性があります」「この地面の下が空洞になっているかもしれません」など、危険性がイメージできるよう補足します。詳細な構造的な説明は非専門家には不要であり、混乱を招く可能性があります。
- 指示の徹底と確認:
- 指示は一度だけでなく、複数のボランティアやチームリーダーに繰り返し伝えます。
- 指示が正しく伝わっているか、理解しているかを確認するために、「私が今お伝えした中で、特に注意すべき点はどこですか?」のように問いかけたり、復唱を促したりします。
- 危険箇所へ向かおうとするボランティアがいないか、常に注意を払い、必要に応じて改めて声掛けを行います。
- 危険度を示すマーキングの共通理解:
- 地域や組織で決められた危険度を示すマーキング(例:赤:危険・立入禁止、黄:注意・限定的立入可、緑:安全確認済など)がある場合は、その意味をボランティア全体で共有し、徹底して使用します。
異なる専門分野との連携における安全確保
災害現場では、建築の専門家だけでなく、医療従事者、心理士、重機オペレーター、物資運搬担当者など、多様な専門性を持つ人々が連携して活動します。それぞれの専門分野が持つ安全に関する認識やリスクは異なります。
- 共通理解のための情報共有: 建築の専門家は、建物や地盤の危険性に関する情報を、他分野の専門家にも理解できるようかみ砕いて共有する必要があります。特に、活動エリア全体の危険箇所マップ(手書きでも可)、安全な進入経路、避難場所、集合場所などの情報は、分野を問わず全員が共有すべき基本情報です。
- 異分野のリスクへの配慮: 例えば、医療従事者が活動する救護所設営場所の安全性評価、心理士が傾聴を行う場所のプライバシーと安全性の両立、重機が作業するエリア周辺の立ち入り規制など、他分野の活動内容とリスクを理解し、建築の専門家として安全確保の側面からアドバイスや協力を行います。
- 連携時の安全プロトコル: 活動開始時の合同ミーティングで、各専門分野からの安全に関する懸念事項を共有し、共通の安全ルールや緊急時の対応手順(連絡方法、集合場所など)を確認します。誰がどの範囲の安全確認を担当するのか、役割分担を明確にします。
特殊な状況下での安全対策事例
- 夜間: 視界が悪いため、危険箇所のマーキングは反射材付きのものを使用したり、懐中電灯や投光器で常に足元や周囲を照らすよう指示します。活動範囲は限定し、単独行動は厳禁とします。普段なら気付ける小さな亀裂や傾斜も見落としやすいため、より慎重な確認が必要です。
- 悪天候(雨・風): 雨で地盤が緩んだり、損壊した建材が落下しやすくなったりします。風が強い場合は、不安定な構造物や飛散物のリスクが高まります。活動中断の判断基準を事前に定め、無理な活動は避けます。ぬかるみによる転倒や、雨で濡れた瓦礫での滑りやすさにも注意を促します。
- 地形的な制約: 山間部での土砂崩れリスク、河川付近での増水リスクなど、地形由来の危険を考慮した上で、建物の安全評価や活動範囲の決定を行います。高低差のある場所での資材運搬や移動経路の安全性も確認します。
- 限定的な資機材: ロープやマーキング材が不足している場合、バリケードとして利用できるもの(倒壊していない家財、カラーコーンなど)を代用したり、口頭での注意喚起をより徹底したりします。可能な範囲で、周囲の状況を録画・録音して情報を共有するなどの工夫も有効です。
現場で役立つ実践的ヒント
- 簡易チェックリストの活用: 専門家自身の確認漏れを防ぐため、また非専門家への説明項目を整理するために、「建物の傾きは?」「壁や柱に大きなひび割れは?」「屋根や外壁から落下しそうなものはないか?」「地面に大きな亀裂や段差は?」といった簡易チェックリストを作成し、活用します。
- 指示伝達の反芻練習: 現場でスムーズに指示が出せるよう、「この先は危ないから入らないで」だけでなく、「この先に倒れかかっている壁があるから、ここから手前で作業してください」といった、具体的な危険箇所と行動を紐づけた指示フレーズをいくつか準備しておくと役立ちます。
- 安全マーキングの標準化: 組織やチーム内で、危険度レベルに応じたマーキングの色や形状、表示内容(例:「危険:立ち入り禁止」「〇〇(日付)判定」「〇〇(氏名または専門分野)」)を統一し、誰もが一目で理解できるようにします。
まとめ
災害現場での安全確保は、多様な専門知識と効果的なコミュニケーション、そして何よりも現場の状況を正確に判断する冷静さが求められます。建築分野の専門家としての皆様の知識と経験は、損壊建物の危険性を見抜き、他のボランティアを危険から守る上で不可欠です。本稿で述べた専門的な評価視点、非専門家への伝達技術、異分野連携のポイント、特殊状況への対応などを参考に、それぞれの現場で最大限に安全確保に貢献していただければ幸いです。常に冷静に状況を判断し、周囲と連携しながら、安全なボランティア活動を推進していくことが何よりも重要です。